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Sunday, July 26, 2020

旅と学びの協議会創設メンバーが語った「旅と学びと幸せと」 - トラベルジャーナル

2020.07.27 00:00

新型コロナウイルスがもたらすパラダイムシフトは社会にさまざまな影響を及ぼすと考えられるが、旅についてはどうだろう。旅の本来的な価値に影響があるのか。旅と学びの関係性に変化はあるのか。旅と学びの協議会の創設メンバーがパネルディスカッションに臨んだ。

モデレーター
小宮山利恵子氏 東京学芸大学大学院准教授、スタディサプリ教育AI研究所所長
パネリスト
出口治明氏 立命館アジア太平洋大学(APU)学長
前野隆司氏 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
鮫島卓氏 駒沢女子大学観光文化学類准教授

小宮山 まず旅と学びの関係性についてあらためて出口さんに伺います。

出口 人は日常の居所、コンフォートゾーンにおいては不確かなものを含めて大量の社会常識という情報のシャワーを浴びて生活しています。しかし違う場所に行くことで社会常識なるものの正しい理解を瞬時に得ることができます。たとえば日本人は清潔好きだから新型コロナにかかりにくいとの説がありますが「何をボケたことを」と思います。日本は雨量が多く水が豊かで水を得るコストが安い。だから簡単に手を洗ったり風呂に入れるだけのこと。日本人が清潔好きなわけでも砂漠に住む人々が不潔なわけでもないことは、水が極めて貴重な砂漠地帯を旅すれば瞬時に腹落ちする話です。

小宮山 前野さんが最も影響を受けた旅について教えてください。

前野 米国の大学に留学した1990~92年の2年間が最も影響を受けた長い旅だったと思います。行く前から米国人の個人主義や日本人の集団主義の違いについて、知識として分かっているつもりでしたが、知識と体験は全く違いました。知識と体験は比べようもないくらい違います。

小宮山 昨年、ルワンダへ行きました。25年前に大虐殺があった国というイメージで訪れたら、現在はアフリカのシンガポールを目指す国に大きく変化しており、体験して学ぶことの重要性をあらためて感じました。鮫島さんは学びと旅の関係についてどうお考えですか。

鮫島 歴史的にみると旅と学びの関係は、熊野詣やお伊勢参りといった信仰の旅に遡ります。インフラが不十分な時代、お参りの旅は参詣という目的よりも旅のプロセスが修行という意味を持ち、人を成長させる体験だと考えられていました。また、沿道の人々との触れ合いや交流も大きな意味を持ちました。ちなみに旅の語源は、旅人が沿道住民に食事や宿を「給(た)ぶ」ことから来ているとの説もあります。

ニューノーマルの時代に

小宮山 ニューノーマル時代のオンラインとリアルの学びはどう変わっていくのでしょう。

鮫島 以前、「学びの旅」としてチェルノブイリ原発ツアーを実施しました。ある参加した建築家は放射能封じ込めの石棺工事の様子を見て「世界最大のアーチ建築物だ」と感嘆しました。悲惨な事故の現場というイメージで訪れた私にとって予想外の感想でした。人間は持っている知識や関心によって同じ物事でも異なる文脈で物事を見ていることを実感できた体験です。事前に知っているのにわざわざ身体的移動を伴う旅をする意義は、人が再現性のないセレンディピティ(偶然の出会い)による心を動かされる体験にこそあります。人間は知識の範囲でしか物事が見えない。だからこそ新たな出会いをもたらす旅が創造やイノベーションに寄与するのです。現在の旅行商品の課題は期待されたものを期待通りに見せる予定調和に終始した結果、顧客満足はあっても感動のない旅になってしまっていることだと思います。

前野 テクノロジー的に言うと、4Kや8Kの映像は網膜の解像度を超えています。つまり原理的には目に見える実物とVR映像が同じに見える時代が来つつあるということです。一方でポストコロナ時代は旅のコストが上がり、旅は希少価値を持つようになります。それでもVR旅行でなく実際に旅に出るのは五感での体験を求めるからでしょう。旅の希少価値が上がりハードルが上がれば、異なる価値の気づきにつながります。新型コロナ自粛中に毎日2時間は散歩していましたが、道端の雑草の美しさに気づきました。じっくり観察するとシロツメクサの小さな花にも大自然を感じる。ポストコロナ時代は身近な旅やバーチャルの旅を含め、さまざまな旅の形が求められると思います。

出口 ニューノーマルという言葉が人口に膾炙(かいしゃ)していますが、ワクチンが完成すればマスクも手洗いもソーシャルディスタンスにも神経質にならなくてよくなり、コロナは単なるインフルエンザと同じになる。ニューノーマルの定義もワクチン前とワクチン後という時間軸で考えれば異なるはずです。オンラインやバーチャルとリアルという対立軸にも大した意味はありません。オンラインで学ぶといっても本で学ぶのと同じ。本の解像度が上がったり画像が動くようになっただけのことで、安全な場所にいて学んでいることに変わりはありません。一方で自ら動けばさまざまな偶然や体験を通じて質の異なる学びを得られます。ですからオンラインとリアルの違いよりも、学ぶ場所の違いが大きく、本質的な違いを生むといえます。人はなぜ旅行に行くかと考えるのはあまり意味がない。もともとホモサピエンスはホモモビリタスであり動き回る動物。人間が一番嫌なことは移動を禁じられることです。

人間の根源的な喜び

小宮山 最後に旅と学びと幸せについて、どう学術的に検証していくかを一言ずつ。

前野 ロボットやAIなどテクノロジーの研究と共に幸せの研究を重ねていますが、旅と幸せには相関関係があります。学ぶことと幸せも大いに関係あります。旅をすること、それも単なる観光ではなく人と接して情報や感動を得て新しい世界づくりにつなげていく。人間は旅する動物で、旅で成長し、より良い世界を実現できると思います。

鮫島 移動の仕方というプロセスにこだわっていきたい。交通手段はより高速化を志向していますが、例えば新幹線で行くところを鈍行で行く、車で行くところを徒歩で行くとどんな変化が起きるか検証したい。また多くの起業家が旅行中にビジネスの種を見つけていますが、目的地ではなく、寄り道や遠回りした時にそれを発見する事例が多い。意図された偶発性を内包する旅のあり方を研究したいと考えています。

出口 人間は何を目指して生きているかといえば制約から解放されることが大事で、一番の幸せは制約を断捨離すること。社会常識という恐らく何十キロもあるであろう鎧兜は重いし蒸し暑い。これを捨てて自由になることが人間の幸せです。社会常識を脱して気付きを得ようとするなら、慣れ親しんだ居所から移動することが一番。それが人間の根源的な喜びに通じます。人間社会についての最良の説明はダーウィンの進化論。ダーウィンは運すなわち偶然と適応が進化を促したと説明しています。定住の環境では運や偶然に出くわす確率は低く、移動によりその確率は上がります。そこで人間は適応しなければならない。しんどいようですが、きっと人間にとってはとても楽しいことなのです。それが前野先生のいう旅する人は幸せ、学ぶ人は幸せという話につながります。適応することが楽しいという仮説を協議会ではエビデンスを基に考えていく。それも、メンバーだけではなくオープンな勉強会の形で高め合いワクワク、ドキドキしながら議論したい。楽しくなければ勉強する意味がない。楽しくなければ人生ではない。そう思っています。

こみやま・りえこ●早稲田大学大学院修了。衆議院議員秘書、ベネッセ等を経て現職。東京工業大学リーダーシップ教育院アドバイザー、情報経営イノベーション専門職大学教授を兼務。

でぐち・はるあき●1972年京都大学卒業。日本生命を経て2006年にライフネット生命を創業。12年上場。社長、会長を10年務める。国際公募で推挙され18年1月から現職。同大学初の民間出身の学長となる。著書に『哲学と宗教全史』ほか。

まえの・たかし●東京工業大学修士課程修了。キヤノン、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授などを経て現職。博士(工学)。

さめしま・たく●立教大学大学院修士課程修了(観光学)。世界70カ国を訪問した旅人。HIS在籍中にスタディツアーの取り組みで観光庁長官賞を受賞。帝京大学観光経営学科兼任講師。

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